KonaHawaiiのブログ

ハワイ島コナの自然とハワイの文化、徒然なるままに

ワヒパナ Wahipana(名所、いわれのある場所)

あろは あひあひ〜

 

11月最後の夕陽

マカエオにて

ウルトラマンレース後のマッサージをしながら・・

 

ワヒ=場所

パナ=有名な

有名ではなくても言い伝えのある、

いわれのある場所のこと

 

パラマヌイのクラスで行ったワヒパナを

かいつまんで列挙してみます。

パラマヌイ、カレッジの敷地内

フアラライの帽子のようなレンズ雲

午後5時前、フナの月が東の空に浮かんでいました。

 

一番最初に行ったのは

ワーワーロリのフィッシュポンド

NELHAのワーワーロリビーチの

Makako bay Rd.の山側すぐ

ここのフィッシュポンドには

オパエ(エビ)がたくさんいました。

 

次の週はコナビレッジと4シーズンホテル

ホテルのカルチャーセンターの方のガイド付き

 

カフワイベイ

湧き水が出ている湾

飲み水があったので昔は

カヌーの憩いの場となっていました。

 

次の週はクアベイ、マニニオーワリ

北の岩場を上がった所に

レイを捧げてきました。

fish pondだった水場も残っていましたが

オパエが泳げるほどの水は残っていません。

近辺ではビリオンダラー・ハウスの開発が

なされています。

 

そのあとクキオにも行きました。

クキオのフィッシュポンドは大きいし

オミルなどの大物魚も泳いでいましたが

オパエはいません

リゾートの中、富栄養化の進んだ池

 

次の週はキホロ

ルアヒネワイのフィッシュポンドは

中に入れないのでレイだけ奉納してきました。

 

次はプアコのペトログリフパーク

ここでは入口で奉納

 

その後、ホークーロア・チャーチ

石垣にレイを掛けてきました。

 

次の週はクアモ’オとケアウホウ

ケアウホウベイのカメハメハ3世

仮死状態を蘇らせたらせた産湯の泉

ここはほとんど海水なので

オパエはいません。。。

 

最後はコハナイキのフォッシュポンド

ペットボトルが捨てられているし
モスキートフィッシュがたくさんいて

オパエはいませんでした。

ゴルフ場内にある池

濁っていて色も変

 

オパエ多数のフィッシュポンドで始まって

オパエのいないフィッシュポンドで

終わったクラスでした。

 

この8回のワヒパナめぐりの暗号、

クムからのメッセージ=「ワイ」だと

読み取れそうです。

 

オパエのいるフィッシュポンドは一旦水質が変わったら

オパエの天敵の小魚がはびこり

オパエは戻って来ない。。。

ゴルフ場や別荘地の芝の為の肥料、除草剤などが

影響していると思われます。

 

湧き水や

わいにはワイが

大切や

 

明日から臘八接心(ろうはつせっしん)の8日間

ブログお休みします

おたっしゃで〜

まはろあぬいろあ

あーふいほう

 

 

 

 

コハラUTVアドベンチャー Kohala UTV Adventure

あろは サンクスギビング

 

昨日はコハラのUTVツアーに連れて行ってもらいました。

Kailua-Konaから1時間少々北上

ノースコハラはハワイ島の中で地質的にも一番古いし、

ハワイ最古のルアキニ・ヘイアウもあり、

カメハメハ誕生の地でもある由緒ある地域

Hawiのローカルな雰囲気は

カリフォルニア度が高すぎるカイルア・コナの

昔の姿、、

 

今や、ヘルシーさを売っている街とも言えますが、、

ついつい、このアイスクリーム屋へ

行ってしまうのでした。

全く人の話を聞かないポポロ(黒人)兄さんが

ゴイゴイ、サンプルを押し付け、

私が「スプーン要らんで」と2回繰り返しても

プラスチックスプーンを付けてきはります。

でもFigNutsというアイスクリームは

今までにない味でオノでした。

 

HawiのT字路右折すぐの

UTVのオフィスでチェックイン

ツアー客は私以外皆、旅行者

「カマアイナ・プライスはあるの?」と聞くと

「ミリタリー・ディスカウントで

5人分もう払ってあるから大丈夫」うちの甥っ子

またもや、三つ葉葵の印籠=ミリタリーveteranの役得

にひれ伏す羽目になりました。

 

オフィスのトイレ側の壁の写真

フォルセット歌手として有名な故スプロウトさんの

勤務中の姿

パイエア(カメハメハ1世)が

5歳まで隠れていたʻĀwiniの近くの堰にて

コハラ・ディッチ(用水路)の水道局長を

40年してはったそうです。

 

ここからポロルの牧場にあるUTVステーションまで

Vanに11人で乗って行き

ヘッドソック、ヘルメット、ゴーグルを付け、、

3台のホンダUTVで出発

最初と最後はスタッフのロコ兄さんたち

 

「写真、撮ってあげるね」と言いつつ

自撮りのフリをしてウケ狙い・・・

と思ったら、ホンマに撮ってはりました。

せっかくなので載せさせてもらお、、

ジョークの連発

汗だくで笑わせてくれます。

 

最初のストップはポロルからワイピオまで見渡せる高台

1946年のツナミの時も、20mほどの波が来たそうですが

1500年以前、巨大なツナミに侵食され

この崖ができたそうです。

ポロル海岸では泳いでいる人が10人ほど見えました。

 

来た道を戻り、渓谷の奥へ、、

ガタンゴトン、グーイストン

ゴイゴイ、グネグネ、泥しぶき

 

滝スポットでスナック休憩

道々ピックしたストロベリー・グァヴァと

黄色のグァヴァ、みんなで完食

コスコのパワー・バーは喉が乾きそうなので

誰も食べていませんでした。

赤目四十八滝の一つがこんな所に・・・

コナには無い渓流

ヒロにもこんな小さい滝は無いかな。。

 

前のUTVに続くと埃だらけになるので

車間距離をとって走ります。

かつてのサトウキビ畑

1ドルの賃金で朝から晩までこき使われた移民たち・・

 

仔牛の季節らしく母子牛を何組か見ました。

Cow pie=牛の糞もたくさん。。

 

ヘッド・ソックって何かな?と思っていたら

目出し帽のことでした。

ヘルメットをその上から被り

眼鏡の上からゴーグルをつけます。

 

ここは最後のミニ・ストップ、

ポロルの河口が見える所

先週まで干ばつで川が干上がっていたそうです。

 

1時頃出発で3時頃に戻ったので2時間

揺れに揺れていました。

 

帰りにハプナかワイコロアに寄ろうか

なんて考えていたのですが

ホコリまみれだし、みんな疲れ切って

食事する元気もなく、ぐったり

 

コハラでは

小腹すいても

帰るわコナ(KailuaKona)

 

やっぱりコナの夕日が落ち着きます。

キラウエアのエピソード#37は

再度、華々しく噴出したそうです。
子どもたちは、ここの海岸が気に入って

マーメードcoveと名付けて

入り浸り状態

コナの海が最高なのだそうです。

私も同感。。

 

まはろあぬいろあ おおきに〜

お疲れさまでした〜

 

 

 

キラウエア火山エピソード37 Kilauea episode#37 

あろはまい

 

ウィスコンシンから義理の甥っ子家族

(パパ・ママ&8歳10歳)が来て

「誰か来ないと動かない婆さんの私」を

ハワイ島ぐるっとツアーに連れて行ってくれました。

 

キラウエアの噴火の新しいエピソードが

始まった日にコナ空港に降り立ち

次の日にはプールで遊びまくってぐったり疲れ

 

アリイドライブ沿いの

オーシャンフロントのコンドに滞在

最高の眺め

3日目のカイルア・コナは上天気

Ready for サークルアイランド

 

ウチからの朝焼け

 

南回りでナアレフのプナルウ・ベーカリーで

トイレ休憩、

マラサダやクリームパフを食べ

次はプナルウ、ブラックサンドビーチ

 

ホヌさん、勢揃い

12頭いました

昼下りの時間帯に団体甲羅干しをするみたいです。

岩で囲いがされ

ヒトが近寄れないようになっているので

ホヌはオルオル安眠。

 

おる、おると

カメを数えて

オルオル(ハッピー)に

 

火山国立公園の入口、入園料$20

私が張り切って、シニアパスを出そうとすると

パパはミリタリー(軍)の終身無料パスを

出してきました。

ミリタリーはアメリカでは「葵の御紋」

へヘっ、ヘーい🙇‍♀️

 

ビジターセンターは改修中で入れず

ミリタリーキャンプのにわかしつらえウェルカムセンターへ

 

つがいのNēnēがウェルカム感満載で

お出迎えしてくれましたが

ウェルカム感低い簡易トイレしかありません💦

 

そこから歩いて火口を見に行きます。

エピソード#37は11月22日に一段落していて

もう噴出が見られず、

川のように流れていた溶岩も一晩で冷え切って

黒いパーホエホエになっていました。

頑張って撮ってこの程度

霧が濃くなって来て、悲しげな霧雨に包囲され

お腹は空くは子ども達はトイレにも行きたいし

 

子ども大興奮のThurston Lava Tube 

冬なのであまり咲いていないレフア

鳥(ミツスイ)の写真が撮りたかったけど、、、

 

腹いせにNēnē

この子は悲しいかな、餌をねだってヒトに寄って来ます。

「餌をやったら、いかんで〜」

 

ベロまで出して、ねだって来ます。

望遠カメラを振り回してブレブレです、、

 

こちらもお腹が空いていて、

ボルケーノハウスのラウンジに行ったら、

1時間半待ちといわれ

ボルケーノ・ビレッジのタイレストランへ、、

子どもたち向けのチキン&ポテトもありました。

 

あとはヒロの街も見ず、霧と雨のサドルロードを

一路、カイルア・コナへ戻ったのでした。

 

🌋

去年のクリスマス頃から続いているキラウエアの噴火

地質学上、一連の噴火活動なので

エピソードとよばれます。

 

「今、出始めた!」という時にコナを出るべし。

このエピソードで、私はペレ様とタイミング合わず

4月にも行ったのですが、

着いた瞬間に赤い溶岩が止まったり、、

トホホ、、、

 

🌊

昨日はカイルア・ピアに行き

水中ゴミ拾いをしていて、、、

水深約2m、岸壁の岩の隙間で

$20札をみつけましたよ〜

わーい、わーい!

 

コレクター・ウニの背中にあった

極小ウニ殻も可愛いし

ペレ様よりも海の神カナロアにご縁があるようです。

 

あろはあくあろはまい まはろなーあくあ

出不精おばあを連れ出してくれて、おおきに〜

 

 

 

マールヒルヒ māluhiluhi (疲れている)

あろは あひあひ〜

Pehea ʻoe?(お元気ですか)

Māluhiluhi au(疲れてます、私)

 

昨日の小焼け

日没を見逃したと思っていたら、、

Mo betahな色が出ました。

マカエオの近くを通りかかったので、

駐車場からの2枚でした。

 

昨夜はKiku TVの2022年「旅サラダ」

を見てて「前に見たやん、おもろない」と

居眠り、、、

「居眠りはあかん」と

8時前ですが、本格的に就寝しました。

マールヒルヒ アウ

 

パラマヌイの授業が終わり

コーヒーフェスティバルも終わり、、

 

  photo by I   

足の裏、めっちゃ汚いのどないかせい!

今年で10年目の「Ti leafレイ」ワークショップも

友人に助けられ、無事にこなせて

ホッとした途端、、、

Swim Eat Sleep Eat Eat Sleep Eat eat eat・・・

単なる食べ過ぎやん・・

 

コーヒーチェリーを使ったレイ

大福寺の知り合いの人の作品が「花だけの部」で

みごと1位になりました👏

1位になると苦労が見事ぶっ飛び

疲れが出ないみたいです。

 

アンダギー専用の鍋、

手造りのスタンドとテーブルが感動的

沖縄県人会の知りあいの人達が作るアンダギーは

コーヒーフェスの食べ物の中で一番人気

3つで$5

私が買いに行った時には「後の祭り」

マールヒルヒ💦

 

大鍋で4時間ほど揚げ続けていた人たちの方が

さぞ、お疲れだと思いますが、、

揚げるハシから完売するし、

みんなの美味しい顔で元気になれるのでしょう。

 

今年は、このボタンが$10

去年までずっと$5 だったのに💦

政府からのグラントが出なくなったので

余儀なく・・

家族で来る人、半日しか行けない人、

$10 は高すぎ〜

でも$5だったのを知らない人

一週間いろんなイベントに参加し

最後は、L.T.Smoothのコンサートまで行く人

にとっては、めちゃお得な$10、なのかも、、

一人で「高い〜〜」と叫んで疲れて

アホみたいやった、、

 

昼前後には人がいっぱい
大福寺の太鼓はトリで、いつも最高に

盛り上がります。

 

 

Tiリーフを200枚以上用意してもらったら

余ってしまいました。

残り物を数十枚、使って時間もかけて

8連のレイを作り、

近所の人の誕生日が今日だと思って

サプライズで持っていきました。

 

「今日って誰かの誕生日ですよね」というと

「来月のことかな・・」と言われ、、

一ヶ月間違えていたことに気がついた次第、、

ドット疲れました💦  マールヒルヒ

 

その人がボランティアをしている

ハワイアンモンクシールのリハビリ施設にて

今年一年で5頭の

モンクシールが亡くなったそうです。

写真が飾ってあるから、

そこに捧げて下さるとのこと。

 

真昼でも

昼寝でいやす

マールヒルヒ

 

マウイ島から知り合いが来て

「Fish Hopper」で食事をしました。

小学生の息子は10ozのステーキを注文し

付け合せの野菜もポテトも残し

おみごと、肉だけに食いついていました。

 

「マクレ(年寄)が金を払うのだ」と私が言い張って

会計を済ませ、後でよくよく見ると、めちゃ高いやん

12歳が$70、残しまくってるし、、

私は水とラビオリ$23完食 

「親が何とか言えよ・・・」と言いたいのを

抑えてたので、、、疲れました。。。

 

虹を見たら、元気が出ました。まはろあぬいろあ

さあ、今夜も早寝しよーっと

 

あろはあく あろはまい

マーウリ=なくなりかけの月の時は

無理せず、ゆるゆるに、

オイドだけ引き締めて、、マハロ〜

パラマヌイ Pālamanui (ハワイ島西コミュニティ・カレッジ)

あろはぬい

野ブタのいななきで目が覚めました。

マウナケアが雪をかぶって穂高になっている夢。。

 

10/1〜11/7の政府閉鎖が終わって、やれやれのUSA

空港のTSA勤務の知り合いは、

無給で働いていました。

欠航が多かった米本土の空の便は、

まだ混乱しています。

 

🎃

11月の大福寺のクプナの会はオレンジ色

亡くなったメンバーのお孫さんがゲストの一人

私と、もう一人、オレンジ色を着ていた二人が

写っていません💦

 

上の写真の誰かが、もいで来た昔ながらの柿、

カキ色、たくさん入っていましたが

さっさとカバンに入れた人が数人いたようです。

オレンジはカーキ色

 

こちらでは、野ブタが悩みのタネ

クプナが亡くなってほったらかしにされた

裏庭のマカデミアナッツの木の実を食べに来て

元気になって、そこら中、掘り起こしたりする被害

 

日本のクマは、

ほったらかしの柿や林檎の実につられて

里に来ることもあるみたいですね。

庭になっているものは、せっせと食べるのがヒトの道

空き家なら、役所に収穫係を作るとか、、、

 

👨‍🎓

パラマヌイの「土曜日x8」のクラスが終わって

心、オレンジ色

ここのキャンパスにはあまり行かず、の授業

パーラマヌイは、、nui=大きい、で

大学?に関連した言葉かな、と思っていたら

単に地名でした。

Lamaという聖なる木が育つ

Pā=平らな乾いた土地

 

2015年に出来たキャンパス

 

2013&14年に

フラとハワイ語のクラスを取っていたのは、

ケアラケクアの「コーナー・ポケット」という

プールバーの裏

そのレストランの

プロパンガスのデカいタンクに向かって

フラのお祈りを捧げておりました。

今でも♫マーラママウナ・・・!と詠い始めると

ガスタンクが瞼の裏に出て来ます。

 

パーラマヌイ

プロパンヌイから

卒業し

 

その後、2019年にピコ1 のクラスを修了し

一応、ハワイ学コースの修了証を戴きました。

 

今回、知り合いの知り合いが紹介してくれたクラス

ピコ2=「遠足授業」8回だけ、楽しそう、、、

遠足は得意中の得意!ってことでレジスターすることに

おばはんにはハードルの高い登録、、

 

事務所で手伝ってもらいました。

授業料も会計係の人に支払いました。

彼女は誰も来ない窓口で一日座ってはるのかな。。

多分、締切日には列ができるのでしょう。。

 

土曜日なので駐車場もガラガラ

Tiやラウハラ、ハワイの植物が植えられています。

ウルやハウの木も植えられています。

奥は事務所棟

フラやセレモニーもできるスペース

広々と、踊りながら弁当を食べました。

 

昨日成績が出揃い

Can't be better のスコア。

18歳の時の私に、今の爪の垢を飲ましてやりたい。。

 

毎週、遠足授業で、お弁当とレイ作りに忙しく

予習の余裕が無かったけど

レポートは毎日少しずつ書いたし

AIが文法ミスも直すので

苦手の英語ですが、楽しくこなせました。

 

3週目以降は、場所が決まっていなくて

サプライズ。。

1足しか持っていない靴=ランニングシューズを

毎週履いて、炎天下溶岩のガレ場歩き

 

9人のクラスメート中、4人もヒロから来ていました。

ヒロ&プナ3人組コロへ・ボーイズは毎回激遅刻

「聖地では携帯の電波を切れ」と言われても

ガールフレンド?と喋り続けているし、、

18、19歳くらい? 

結婚して家族がいるらしき子もいました。

楽勝で単位取れるで、と聞きつけて来たらしく

自動車工の資格の為の単位取り。。

 

18歳の自分を省みると、

きっと婆さんから

「近頃の悪ガキは困るわ〜」と言われていた。。。

 

around70歳が3人

真ん中に3人

この6人はよくお勉強しました。

 

photo by A

最終日の最後はオヘカパラしたキヘイを披露

2014年2019年2025年の3段

今年のモオ≒ドラゴンはめちゃ手抜き

 

建築家だった中国系アンクルは芸術作品をクリエート

10課目以上のコースを修了されています。

折り目正しい方で

建築の世界でも大成されているのがわかります。

  👏

 

まはろぬい まはろなーあくあ

まはろクム 非常感謝! 皆さんお元気で〜

 

ケアウホウ・ヘリテージ・センター Keauhou Heritage Center

あろはあひあひ〜

 

昨日の小焼け

 

ケアウホウ・ショッピングセンターの

ステージの裏、今は無きケンイチの近くに

こんな小さなスペースが有り

毎日10時から5時まで真面目に開いています。

カメハメハ財団の経営で

無人ですが、無料

でも、殆ど知られていなくて

もったいない・・・

カレッジのクラスで行ったので

たくさんお勉強させてもらいました。

 

5時以降は金曜日のフラのショーなどの

着替え部屋に使われたりしています。

 

ケアウホウで有名なのは、

このカネアカのホールア

ソリ滑りの跡地

下の方が整地されゴルフ場や宅地になっているのが残念

 

ハワイでも他に例を見ない長さ、つまり世界1

1814年=カメハメハ逝去の5年前、

晩々年に息子(カメハメハ3世)が生まれた

記念にカメハメハ1世が作らせたそうです。

 

長さ3000フィート≒1km、幅50フィート

息子が生まれて滑り台を買うパパの乗り?

溶岩を動かし、砕く労力は想像に余りあり💦

 

上のがホールアのソリ

うつ伏せ寝で滑ります。

 

写真はハーパイアリイヘイアウを

再建している時の様子

まだホテルがあった時に

学生などのボランティアを伴って大掛かりな工事が

されていました。

でも、肝心の大きなヘイアウは、

ホテルのプールを造る時に

破壊し尽くされてしまっていました。

 

カメハメハ3世はイケメンですね

幼名はカウイケアオウリ

フェザーケープは王のシンボル

これは縮小したレプリカ

左はカヒリの見本

巷においては王族の存在を遠くから知らせる

江戸時代なら毛槍、に似ているかな

 

カハルウ湾からケアウホウ湾までは

ヘリテージの回廊

霊験あらたかな場所がずーっと連なっています。

下のクアモ'オは、関ケ原か西南の役か

天下分け目の激戦地

 

椅子も置いてあり適度のA/C(クーラー)有り

上の地図のお陰で、たまに泳いで行く目標物の

↓アーチの名前がわかりました。

多分「Kaluaokeli'i」
カハルウ湾の外、

ハパイアリイ・ヘイアウの北の石垣の

延長線上にあるデカいアーチ

 

一度は、このセンターに

行かれてみるといいかもです。

 

ヘジテート

せずに学ぼう

ヘリテージ

 

🌳

お話変わって、アリイドライブのバニヤン・ツリー

一部が根本から倒れてしまったバニヤン

こんなにショートカットにされてしまいました。

ヒロでバニヤンが倒れて、下で寝ていた2人が

下敷きになり、亡くなった事件があり。

その後、

「倒れる恐れのある大木はベリーショートに」

とのご触れが出たのかと思われます。

 


アリイドライブを横切るくらいの枝を伸ばしていました。

(アイアンマン2022の写真)

木陰を憩いの場としている人たち。。


昨日の朝のモルゲンローテ

あろはまい あろはあく まはろなーあくあ

お大切に〜

 

メレアナ Meleana (Mary)

あろはかかひあか〜

少し冷ややか〜

 

今朝の6:19

10/31/25 6:13am

 

*コナ空港は先週2日間、滑走路陥没により閉鎖

日本から来た友達夫妻はヒロに飛ばされ

バスに詰め込まれて2時間かけて

コナに到着したそうです。

コナ空港は元々、百万年?ほどの間

フィッシュポンドだった場所なので

山からの水が溜まる地形

 

*マナゴ食堂 まだ営業中!

座るとすぐ山盛り飯とおかず3種が出てくるのが

「いらち」の私に嬉しい

ポークチョップは美味しくなっていたような

(私の味覚が落ちたのもある?)

オペルは数が増えているような。。

エビのガーリックバターは

バターをご飯にかけ醤油を垂らすと美味

 

2023年11月

デジャブーのように3年前と同じメニュー

この時はオペルが大きいので1尾半

3年でオペルが栄養失調になったわけではないでしょうけど、、

おかげさまでマナゴに行けて幸甚に存じます。

 

October Octopus、

白い部分は欠損した足の切り口

彼女は(デカイからメス)Septパス

Octは8、

元来、8月を意味していたOctober10月

が超速で去り、

コナコーヒー・フェスの11月になっていました。

 

今年はミスコナコーヒーの候補者も二人だけで

何だか火が消えかけ??

 

コナの街も、ピアあたりは夜7時で、すでに

ひっそり・・・

 

10月に火が消えてしまった二人のメリーさん

こちらは自称メレアナのMary

ぬかりなく絶対に年齢を明かさなかったメレアナ

1941年の真珠湾攻撃の時にカリフォルニアに疎開して

そこの小学校に行った話をチラッと聞いたので

およそ、しかわからず、、、

 

83歳の時に転んで、

私がERに連れて行って

保険証を見てやっと年齢がわかった秘密主義

逆算すると、この時は80歳の誕生日でした。

 

野菜をいっさい食べず、主食はワイン

おかずはチーズとクラッカー

夫の死後20年ほど料理を全くせず

朝、迎えに行くとアイスコーヒーを片手に

氷をジャラジャラ鳴らしながら車に乗り込んでいました。

ヒンヤリの季節でもジャラジャラ

 

祖父母がモルモン教の宣教師としてハワイに来たそうです。

両親も「禁酒の教理」に従って

彼女を育てていたらしいのですが

一人っ子のところを見ると

「産めよ増やせよの教理」に忠実ではなさそう、、

「ワインが親友」は、亡くなった旦那の教理なのか

 

フィリピン人経営の小さなケア・ホームに入るまで

毎晩ワインを欠かしたことがなかったようです。

若い頃は旅行会社を経営していて

おフランスに服を買いに行っていた、由

旦那の死後、

オアフ島、カネオヘのテニスコート付きの家を売り

コナの高級コンドミニアムでメリー・ウィドウ暮らし

フリヘエパレスの博物館員として数年勤めていました。

 

プライドが高すぎてハイマカマカ

フラのクムにも楯突く口論好き

殆どの人に嫌われていましたが

私のことだけ気に入っていて

運転や、買い物を時々手伝っていました。

 

肩の骨を折ったのが引き金、

ほどなく、脱水症状で倒れていたのを

近所の人に見つけられ

そのあと一人暮らし不可能になり

不承不承、フィリピン人のケアに

身を任せるハメになったのでした。

コロナの3年をはさみ

通算7年以上、そこの一室で

テレビを友達に過ごしていました。

 

8月に行った時、大好物のチョコレートを

食べなくなっていたので

こりゃ、あかん、と思いました。

 

最後の写真となりました。🙏

左のアンティはハワイアンですが

米本土で生まれ育ってハワイのことを

何も知らないそうです。

四六時中しかめつら、

笑顔どころか普通の顔も見たことがありません。

 

「人はパンとチーズのみに生きる」

91歳でした。

 

「今度来る時は、チョコレートアイスクリームを

持っていくね」と約束して、果たさないまま、、

そのアイスクリームはまだ

ウチの冷凍庫で霜をまとっています。

 

♫メレアナ エ〜♫の歌を歌って捧げましょう

 

メ〜、レアな

短毛羊

メリーさんの

 

🙏

今夜の満月はスーパームーン まはろ

 

オアフ島の曹洞宗の寺 Soto Mission Temples in Oahu

あろはかかひあか〜

 

高市首相の、アメリカ大統領と日本で会談

という速攻ワザ

こちらでも新聞の第一面に載っていました。

普段なら首相が変わっても記事にならないのに

「女性初」という言葉は全く書かれていせん。

 

先週のオアフ島の遠足のお話

*ワイパフのTaiyoji

ワイ=水

パフ=押し出す


私は空港から直接ここに先回りし

バスを待ち伏せ

おかげさまで太陽寺からの日の出の写真が

撮れました。

1903年創設、オアフ最古松獄山太陽寺

サトウキビ畑の中にポツンと存在していたそうです。

今は学校やアパート群に囲まれています。

 

この建物は1973年建立

その当時の関係者の気迫が感じられます。

 

天井が高く須弥壇もカラフル

 

初代の住職の墓石が移築され入口に鎮座していました。

キビ畑の土色になって、、

 

駐車場にお地蔵さんがいてはりました。

 

*次のお寺はワヒアヴァRyusenji

wahi=場所

awa=サバヒー(魚)

 

みんな「ワへアー」みたいに発音します。

位置的にはオアフ島のおヘソ

海雲山龍仙寺(龍潜寺)1904年開設

1976年にノースショアからここに移築されています。

 

本堂の脇には桜の木があり、

この日、2輪ほど狂い咲きしていたそうです。

ここで亡くなった御住職さんは前にコナの大福寺

の住職をなさっていたので、

コーヒーの木も植えられていました。

 

太鼓のクラスはもちろんのこと

フラの教室もあるとのこと

お地蔵さんもハワイっぽいかな。。

 

ここでbento time
どこがZenやねん弁当

ベジタリアンもあったけど

日本人のお坊さんたちは、

この致死量に近いテリヤキチキンを

完食してはりました。

 

*次はアイエア

真珠山太平寺

’aiea=低木の植物の名

その昔はアイエアが生えていたのでしょう

今は住宅や店舗が所狭しと密集していました。

よくここでボンダンスができるな、という狭さ

だからこその熱気

 

1918年サトウキビ労働者の公民館的に開設

剣道柔道合気道「吹き矢」の教室があり

日本色が濃いお寺

 

隣接のアダルト・ケア・センターが

もうすぐオープンします。

 

ご住職さんは別院と兼任されています。

 

1796年鋳造のハワイ最古の像 🙏

 

*最後は別院

オアフの曹洞宗本部

ヌウアヌ

Nuʻu=高地

anu=寒い

(ここは暑いけど)

 

日本領事館の隣という一等地にあり、

私はパスポート更新の待ち時間に

お参りさせてもらい、

当時の住職先生にお世話になりました。

息子さんが後を継いではります。

「地域に奉仕する」姿勢も受け継いではります。

 

困った人を

駒形先生

助けたり

 

ゆったりスペースの本堂

階下には大きいソーシャルホールがあり

隣接にアパートのような建物もあり

Soto Academyという文字通りの寺子屋

公文の教室などの

教育施設として繁盛していた時代もありました。

太鼓教室が有名で75人以上の生徒さんが

通っているそうです。

弓道、書道の教室もあります。

 

放光六地蔵が光を放っています。

ここもハワイしていますね。

 

夕焼けにそびえ立つインド風の本堂

何度かの移転を経て

1953年にこの場所に建立されたそうです。

 

開山は1013年 両大本山正法寺(しょうぼうじ)

地域のコミュニティセンターとして

君臨しているようです。

住職さんはイタリアまで太鼓を教えに行ってはるそうです。

 

アメリカ本土だけでなく

イタリアから19名も来てはって

マンマミーヤ!

 

まーらまぽの まはろブッダ

ボンジュルノ  グラッツェ 🙏

 

 

 

 

ホノルル空港のスカイライン駅 How to get Skyline station at HNL airport

あろはかかひあか〜

 

3泊でホノルルに行っていました。

昨日、帰りの便に乗る前に時間が余っていたので

同行の人と離れて、もの好き婆さん一人で

新しく出来たスカイラインに乗ってみようと

思いつきました。

HARTと呼ばれていたのですけど、、

konahawaii.hatenablog.com

 

そこら中の人に、スカイラインの駅はどこか

聞いてみました。

第2セグメントは10月16日に開通したばかりで

ハワイアン航空の第一ターミナルで働いている

人たちで乗ったことのある人は誰もいないし

駅がどこか知ろうとも思っていない様子。

 

空港に向かう車から

駅が見えたので、歩いて行ける距離にあるのは

わかっていましたが、、

 

結局、コナから来た若い人が唯一の体験者

その人の言う通りに

第一ターミナル真ん中の外のエレベーターで

まず、5階へ行きました。

控えめなシールがskylineの存在を示していました。

わかりにく〜

 

そして、駐車場を横切り

動く歩道を歩くと

5階がだったのが6階になっていて

見えにくい所にあるエレベーターに

再度乗り、4階に行きます。

4階で降りて少し歩くと、

やっと、

lelepaua駅にたどり着きます。

ここまで、人っ子一人いない道中でした。

16日から18日の無料ライドの時だけは、

人が多かったそうです。

 

チケットを買おうとすると、画面がフリーズしています。

探せども、係員はおらず、

通りすがりの空港で働いている人たちは

皆、カードを持っているので、

聞いてみても、使い方を知らないし、

画面のフリーズは、機械が作動していないということらしく

どっと疲れが出てきました。

 

ホロカード $5

バックパック+ウクレレの重みと、

足の指が痛くなってきたのと、

迷子になってしまうと同行の人たちが心配するので

Uターンすることにしました。

 

駐車場隣接のスカイライン

乗った人の話によると眺めはいいそうです。

⚠️列車にも駅にもトイレはありません。

 

口の悪い人が

From nowhere to nowhere

な、電車だと言っていたけど

ここは、「空港」というより「空港駐車場」

=nowhere?レレパウア

 

旧式エレベーターがすぐ来るとは限らないから

2回の待ち時間、荷物を持っての移動、を

考えると、7、8分はかかるかも

私の場合は人に聞きまくって

エレベーター探しにも時間を費やし

30分ほどかかりました。

ま、時間潰し探検ルートと思えば

また楽しからずや・・・

 

今のところ

Kualaka'i(カポレイ東)→Āhuaまでの11駅

空港の東は一駅だけ

 

Home sweet home

やっぱりコナが一番

6:19の朝焼け

 

カハルウは最高潮

難なく湾の外に出られて

大ダコを見つけました。

私を察知して変色

足一本もがれていて白い切り口が見えていました。

交接の中休みなのか、逃げません。。

 

タコが好き

レールの高う

電車より

 

まーらまぽの まはろなーあくあ

まはろあぬいろあ あふいほう

 

マナウア Manaua (ワイメアの雨乞い岩)

あろはあういならー

あろは暑いならー

 

先日パラマヌイのクラスでワイメアの

モʻオ岩「マナウア」にお参りに行きました。

まず、カヒルウ・シアター裏の壁画を見て

モʻオに思いを馳せ、、、

 

人魚に見える絵は半人半モʻオ

トカゲかゲッコウのでかいのがモʻオだと思っていたら

竜や人魚のほうが近いのかもしれません。

水の神様の一人なのでした。

フィッシュポンドや滝壺に住んでいて

見える人には見えるのだそうです。

日本で言う龍神様でした。

 

別の場所の壁にはマナウアの絵もありました。

右のウロコのある女性はモオです。

 

ジャカランダ・インという宿泊施設が閉館してその敷地内に

ひっそりと、この大岩がありました。

他に岩はないのに

突然、生えたようなポーハク

マウナケア噴火の時飛んで来た?

コハラの山の噴火の時? 隕石?

 

マナ=霊力

ウア=雨

岩の名前でもあるし、モ’オの名前でもあるマナウア

持ってきたレイをお供えして

クレアナのご家族のモ’オレロを聞きました。

 

このクムのお父さんが

パーカーランチの水道局長をしていた1970年頃

ワイメアが大干ばつに見舞われたそうです。

この岩のことを思い出し、雑草にまみれていたものを

きれいにし、皆でマカナ(贈り物)を持ち寄り

花のレイで飾り、お祈りを捧げたそうです。

そのあと、すぐに雨が降ってきて

ワイメアの地は潤い、牧草も伸び

作物がまた実りだしたそうです。

 

ハワイでは、ハワイアンのアメリカ人化が奨励され

ハワイの文化が否定されていた時期、

ロスト・ジェネレーション、空白の時があり、

今の80歳ぐらいの人が育ってきた時代には

雨乞いやモʻオの神話は「迷信」と一笑に付されて

忘れられていたのでした。

 

この家族は、マナウアをリスペクトし

レイを捧げることを、またクレアナとして

娘さんも受け継いでいます。

歌手である娘さんの一人は

♫Manaua♫ という歌を作詞作曲して

弾き語りで奉納しています。

歌や踊りのホオクプ(捧げ物)は

一番、届きやすそうです。

 

ここで生まれ育ち

更に娘さんも生まれ育ちというご家族

だからこそモʻオの姿が

その目で見えるのでしょう。

 

この岩がモʻオそのもの

上の部分に左向きのモʻオ(竜)が這っています。

これは私達にも見えます。

モオ・ワヒネ=女性のモ’オなのだそうです。

女神様

 

私達がホオクプをして、

クムがオリ(チャント)を唱えた後

数時間後に雨が降り出しました。

今の時期も干ばつと言えるくらいドライなワイメア

 

この川は枯れ切っていました。

お参りの後、急にウロコ雲が出てきました。

雲龍

 

このアンナズ・ランチ・ヘリテージセンターの裏の川

 

この後、パーカーランチ内のプウにも登り

(半分は四駆のトラックに乗せてもらっただけでしたが)

 

ワイメアの中心部を鳥瞰することが出来ました。
黒い粒は牛の群れです。

 

下から見るとこんな風なプウ

これは、過去写真で普通の瑞々しいワイメアの姿。

 

マナウアを

訪ねた帰り

ま、ナウ雨

 

で、土砂降りの中を10分ほど運転する羽目に

なったのでした。

無料カー・ウォッシュ

 

あろはあくあろはまい まはろ龍神様

おおきに〜