あろは かかひあか かーこう
Happy New Moon! 新月です!
昨日のまだら雪のマウナロア、
ホノコハウ・ハーバーから、マウナロアが見えるのは
コナの住人にも余り知られていません。
(望遠で撮っていますが、、)
今朝はテシマ食堂で坐禅会の5人で会食。
お店は、ほとんどずっと満席状態、、
コナのマウカにも活気が戻って来たようです。
それと同時にCovidのサージも再来かも。。
今日は15人の新規感染者だそうです。
人口比で言えば東京をはるかに超える人数。。
ケアラケクア湾のことを今まで書いていませんでした。
ハイキングで、この記念碑まで行ったら
書こうと思いつつ、、はや一年近く、、
1779年1月、キャプテン・クックが一番最初に錨を下ろした湾、
西洋人から見た「新発見」の島々の、第一歩を踏んだ地
クックをロノの神だと思い
百を超える原住民のカヌーが出て来て
大歓迎した話は有名です。
その翌年の2月に一旦出奔した後に
アレヌイハーハー海峡という難所でマストが折れて、
再びケアラケクア湾に戻った時には
ロノの神のマカヒキの時期が終わっていて、
船のマストが折れるなら、神ではない、とわかり、、
住民たちに殺される憂き目を見た場所。。
1874年、記念碑が造られたそうです。
クックの後にもVancouverや、ロシアの艦隊
引きも切らず訪れていた
格好の港でした。
1973年、アメリカの史跡として登録されます。
1992年、ハリケーン「イニキ」に砂浜を持って行かれ
ビーチが岩場になってしまいました。
1999年の水泳大会で
私はこの記念碑の往復2マイルを泳ぎました。
シーライス(プランクトン)に刺されたらしく
次の日に毛穴が腫れてかゆみが出たのには参りました。
それ以後、ここで泳ぐときは
要ラッシュガードかウェットスーツ。
許可証のある船しか停泊できず、
サンゴが傷つくのでアンカーを下ろさず
もやいロープに繋いで停泊。
イルカもよく来るし魚影も濃く
起伏に富んだ水中風景が楽しめます。
ケ アラ=道 ケ アクア=神
「神への道」と言う名が地名の由来かも、、
クアの神のヘイアウもあり
「クアヘの道」という説も、、
10年前の3月11日の津波では、知り合いの家が壊滅しました。
家に不在だったので、みんな無事でしたが
車も数台、積み重なり、
コンクリートの土台だけが残りました。
「海の男だから、物への執着は無いんだ。
怪我人も死者もなく何よりだよ」
と、言ってはったのが心に残っています。
そこの家に10人ほどのフラの仲間がお邪魔して
食事までご馳走になった思い出があります。
手造りの愛情こもった家でした。
ロバも繋がれたままでしたが、
助かったそうです。
別の人の別荘は、家ごと海に浮いて、
全てが水中に、
ボランティアのダイバーたちが
何度も潜ってデブリを回収したそうです。
これは2018年に水泳仲間がコナ沖に
カヤックで出た時、拾って来た物。
北海道の漁協のらしく
調べて、メールをしてみましたが
多分迷惑メールに入ったきりになったかも、、
2011年に流された物かどうかは不明です。
英語ではデブリと、リにアクセントがつきます。
津波であれ、普通の漂流物であれ、
地震、洪水の後始末であれ皆デブリ
10年前には聞かなかった外来語ですかね。
ケアラケアクア、霊験あらたかケア二つ
今日は車検(セーフティー・チェック)をしてもらいました。
予約もせずに行ったら、すぐやってくれ
3分で終わり、$27ポッキリ
さて、どこでしょう?
コナ在住の人用質問でした。
マーラマ・ポノ🙏 まはろ なー あくあ
お風呂で汗を流し、マʻエマʻエ新月を迎えましょ
おおきに〜