残暑お見舞い申し上げます

2021年の写真です。カイルア湾にて
涼をとっていただけたらと・・・

あまり珍しくないトゲチョウチョウチョウウオ
カハルウにて

コナでは全然珍しくないホヌ
クアベイにて

昨日のサンセット、全然あかんやんと思てたら
面白く撮れました。6:58pm

7:21pmにこんな色が出ました。
ヒロシマの原爆投下、80周年
アメリカでは肯定的に捉えられがちでしたが
最近になって、アメリカ国内での
核開発のとばっちりを受けた
市民の話が顕在化し、核兵器への
疑問が大きくなっているように感じます。

「被曝」
〜セントルイスに響くヒロシマのこだま〜
という2022年に初版が出版された本
Wburラジオで聞きかじった
著者のインタビューのあらすじ
1942年、アメリカ軍は核兵器開発がドイツに
2年遅れていると焦っていた。
40トンのウランが必要なのに
1/4cup(50cc)しか手元になかった。
マンハッタン計画の為に
コンゴから大量に輸入したウラン鉱石を
加工する化学工場が必要となった。
セントルイス大学の教授と地元の工場長が
手を組み、毎日1トンのウランを
生産することとなり
廃棄物が山積みされた。
「核兵器で戦争に勝つ」目標のために
廃棄物をないがしろにして原爆を仕上げ、
1945年8月6日には「実験」が成功した。
その後もソビエトとの冷戦があり
核開発は続き、
大量の廃棄物の管理はおざなりとなり
埋め立ても杜撰で
近くのコールドウォーター・クリークに
放射線物質が流れた。
核開発は住民にも秘密裏に行われていて
その廃棄物の危険性も土壌が汚染されているのも知らず
ベビーブーマーたちは住宅を購入し
転入して来た。

↑訳:ミズーリ州セントルイス近郊のコールドウォーター・クリーク
2023/4/7 陸軍工兵隊は近辺の土壌を検査し
残余核廃棄物は健康のリスクになるほどではないとした。
子供たちは何十年も、このクリークのザリガニを獲っていた
1985年に引っ越して来て
クリークで泳いだ男の子は
大量の汗が止まらなくなり、
後に汗腺ガンだとわかり41歳で亡くなった。
そのクリーク沿いのストリートの5軒の家では
それぞれの家の男子が5人、胃がんになった。
近所の女の子が、冬に凍った氷の上を歩いていて
クリークに落ちた。後にその姉妹は
3人共若い時にガンに罹患した。
異常なガン発症率が確認され
2019年には政府も認め、賠償金をもらえた人もいた。
損なわれた健康と時間をお金で買い戻すことはできない
放射能汚染地域は82箇所、22エーカーに及ぶ。
被曝による健康被害は今も続いている。
新しくできた小学校は、
放射線レベルが高いのがわかり
突然、廃校になった。。。
ということでした。
今も真珠湾に偉容を誇示している
ミズーリ号
日本が降伏文書に調印をしたのは
この戦艦の上
Mighty MO.とも呼ばれ、アメリカの戦力の
象徴的な存在、その名がミズーリで
ヒロシマの原爆を作った廃棄物を抱えるセントルイス
のある州がミズーリというのも何かの因縁でしょうか
ミズーリの
廃棄物管理
ミスりたり
まーらまぽの =真っ当でありますように
まーらままるひあ =平和でありますように
まはろなーあくあ =神様たちよろしくお願いします
🙏