KonaHawaiiのブログ

ハワイ島コナの自然とハワイの文化、徒然なるままに

Kona Village Resort コナ・ヴィレッジ

あろは あういならー かーこう

ぺへあ?(お元気?)

まーるひるひ(お疲れ)

こんな雨の日は、どんよりしていましょう。。

 

今朝はHuggo's裏からエントリー

入ってすぐイッテンチョウチョウウオ、

英語でティアドロップ、「涙」を頬に示して

声の届かない所にいる相棒さんに手話で伝えます。

 

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ホヌがいました。

お得意というか、バカの一つ覚えのアングル、、

 

ドルフィンボートが3艇見えたので

イルカがいるのは分かったけれど

プランクトンがうじゃうじゃいて

透明度悪く、、イルカもやたら動き回り

写真に収まってくれません。

 

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先月のパーホエホエの写真で誤魔化そうっと

 

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コナヴィレッジ・リゾートのお話

工事中の場所は、赤いネットで囲ってありますが、

ビーチは4シーズン側から歩けます。

 

1965年に営業を開始したコナヴィレッジ

カ’ウープーレフのカフワイベイという、

真水が湧き出る湾の周りに開発された

81エーカー(東京ドーム7つ分以上)

2011年3月11日の津波で主要な建物が壊れ、

(従業員も宿泊客も全員強制避難をしていました)

このキ’イ(ティキ)もセメントの土台ごと

数十メートル移動したそうです。

 

元々、ハワイアンがたくさん住んでいた村落があり

ペトログリフも残っています。

1801年にフアラライが噴火し、

住民は、プウアナフルや南の方へ

移住して行きました。

 

1946年にも津波があったそうです。

その頃は「tidel wave 」と呼んでいましたが、、

 

1961年にヨットで、この地にやってきた

ジャクソン夫妻がポリネシアン風の

宿泊施設を造ろうという夢を描き

実現させます。

バージ(いかだ)や飛行機で資材を運び

陸路は山の道からジープで悪路を走り、、

従業員は、食材や氷と共に

飛行機通勤していたそうです。

 

お客さんもプライベートの飛行機や

クルーザーでやってきたりしていたそうです。

1975年にカアフマヌ・ハイウェイが開通して

ホテルへの道も整備され、

乗用車で行けるようになりました。

 

125のハレ(コッテージ)があり

テレビも冷蔵庫も無い

「コナ村」暮らしは都会に疲れた人が

静かに星を見る場所。。

 

私は20年ほど前に、

そこのダイビング・インストラクターと友達で、

何回かダイビングに行ったことがあります。

 

15年ほど前には、知り合いがレストランで

歌っていたので、何回かライブを聞きに行って

飛び入りで踊らせてもらったこともあり、、

キムタクご家族も来てはって、

人が踊っているのを、まるっきり無視しはるので

「 そこの方、ちゃんと見てください!」と

日本語で言おうかと思いましたが、、やめました。

 

ハリウッドのセレブの方たちは

輝くオーラを放ちながら、

ビーチを歩いてはりました。

「クリスマスのお部屋の予約はお爺様の時から

毎年、ずーっと入れてあります」みたいな

人種もいたそうです。

 

サンデーブランチが、お得でオノでした。

懐かしの日々、、

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2023年のオープンに向けて

150のハレを建設中

これはファミリーユニットかな。。

別荘のようなキッチン、プール付きの棟が

5ユニットできるそうです。

メインレストランのハレモアナは

鉄筋コンクリート

椰子の葉葺き感の雰囲気だけは残しています。

 

コッテージ コナヴィレッジのは凝ってるし、、


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カスミアジ(オーミル)は浅場で会う中では

大きい魚

おととい、もっとデカイ奴を見ました。

はて、何でしょう?

 

マーラマ・ポノ🙏  まはろ なー あくあ

読者の方、まはろ ぴは〜